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果報者の家族
2007 / 12 / 15 ( Sat )
ぢろさんの主治医G先生の言葉。それは、もしかしたら励ましだったのかもしれません。
どうしても書きたいこと・・・
2007 / 06 / 04 ( Mon )
momoは比較的大病をしたことがない、ここン10年。少なくとも「診断書」はあるけど、「入院」はしたことがない。ある意味、momoの健康は平穏無事に続いていたことになる。
1リットルの涙の特別版
2007 / 04 / 06 ( Fri )
先ほどまで、特番?で「1リットルの涙」を見てました。内容は知っていましたし、ドラマが放映中にも何話か見た記憶はあったけれど・・・・治らない病気の辛さ?は、どんな病気でも同じですね。
涙・なみだ・ナミダ
2006 / 09 / 11 ( Mon )
5年前のこの日・・・9・11。
いつもとかわらない・・・
2006 / 04 / 13 ( Thu )
照る日曇る日、そして今朝のような雨の日
伝わらない、届かない のなら
2006 / 01 / 26 ( Thu )
やめてしまえばいいんだろうか?
自己責任(momoのスタンス)
2006 / 01 / 25 ( Wed )
『自己責任』という言葉がやたらにメディアで流れるようになったのは、イラクの人質事件だったようにmomoは記憶している。
夢のあと
2005 / 09 / 05 ( Mon )
以前ぢろさんの会社の方と4人で香港に行ったとき、某女史の名言。
海外旅行に出発する時、飛行機に乗るのは儀式のようなもの
移動手段というよりは、これから異空間に旅立つ時の儀式
そして帰りの飛行機上で、否応なしに自覚する
夢のような時間はおしまい、これから現実に引き戻される
それでも 止められないよ、海外旅行は
そんな言葉をたかが2日『上京しただけ』でも感じてしまう。すでに東京も、遠い異国も同じレベルにmomoから遠いもの になったことをなんとなく実感する。
車の中で・・・
2005 / 08 / 29 ( Mon )
病院に向かう途中・・・いろんなことを思い出した。筋腫なんてすぐに死んだりしない病気だし、発覚からすでに4〜5年経っている。ストレスが原因と思しき症状があちこちに出てくるのが辛いけど、特に生命の危機に晒されたことがないmomo。
それでも、向かう車の中でたまたま流れるかけっぱなしのMDの曲がお気に入りだったりすると・・・きっと大丈夫!なんて非科学的な妄想をしてみたくなる。非科学的な妄想・・・・。
ぢろさんの透析導入宣言の日、momoとぢろさんは県の腎臓病協議会の事務所を訪ねた。今日の診察で今後のことが決まるんだけど、市内の透析可能な病院を教えて欲しいと。夜間透析が出来る病院など、情報をいただいた。その日のことはよく憶えてる。
ぢろさんの『今日の結果が良くて、もう少しがんばれるといいんだけどな』という願いは、午後の診察には打ち砕かれるんだけど、根拠のない自信?みたいなものだけはいつでもあるぢろさん。それでもさすがにどうにも出来なかった。
今日は南風だから大丈夫 だとか、
大好きな曲が流れたからいいことありそう だとか、
非科学的な お馬鹿な妄想・・・
願いに近いそんな妄想を 思い出していた。
momoも弱ってるのかなぁ?
どうってことのない朝なのに
2005 / 08 / 25 ( Thu )
陳 敏 のfeel the moon を聞いていたら・・・突然堰を切ったように感情が溢れだす。琴線に触れてしまったらしい。いろんなことばが、閉じ込めておいた心の底から、momoの意志に関わりなく止め処もなくあふれ出す。
ごめんね・・・ウソ偽りなくゴメンナサイ。
ホントウはみんなに言いたかったんだ、ありがとう って。
普段は大きな声出してるくせに、どうして声に出せないってか。
声に出して泣けるのなら・・・泣きたいと思う錯覚。
風の音、雲の流れ、空気の色 いつから感じなくなった?
優しい声が 通り過ぎる 錯覚に とらわれる。
むかし聞いたヤサシイ声、誰の声かも忘れてる。
ありがとうって言いたいんだってばぁ、聞いてくれなくても。
みんなのおかげで みんなのおかげで
momoは何の役にも立てないけど、ここで生きるしかない。
陳 敏の二胡を聞いてると、それが初めて聞く時から「懐かしい」という思いにとり付かれて、逃げ出せなくなる。
ほんとうはね
2005 / 08 / 22 ( Mon )
ロードマップを書こうにも 先が見えない時代だそうで
先が見えないということは 誰にでも同じ条件だと思うんだけど
未来を予測するのは大変でも せめて明るい未来は描きたい
バラ色の将来は約束されなくても せめて夢ぐらいなら
そうは思っても 足元の暗がりを照らす明かりがない
どしゃ降りの雨を歩く傘がない
みんながうらやましく見えるとき 心がひもじい
何かが変われば 何かを変えれば 何かが変わるとき
何かに期待しても 何も起こらないことはわかっているのに
今日の夕飯の支度が気にかかりながら 未来の夢は描けない
Taroさん、わからなくてごめん
2005 / 06 / 07 ( Tue )
momoは、常識的に洗練された大人でもなければ、純粋無垢な子供でもない。
他人の気持ちに引っ張られ落ち込み、ぢろさんが調子悪いと虐待母のように心のどこかで不機嫌になったり。神や仏のようなバランスをとりながら、遠い眼で見守ったりなんて出来ないよ。
小さな器に表面張力。こぼれそうな水を心に抱えて毎日を歩いているようなもの。こぼさないように波立つ表面を、そろりそろりと大切に、その片鱗が生活のどこにも現われていなくても、臆病に足を出しながらそれでも歩かなければならない。
ぢろさんのためにも Taroさんのためにも
切なくて 泣きたくても 辛くて 逃げ出しそうになっても
あなたもそのさだめから逃れられないように
わたしもこのさだめから逃げることができない
Taroさんのかわりにも ぢろさんのかわりにも その痛みを感じることができない。肩代わりすらできないし、その隣でおろおろするだけ。momoは、いったいなんだろうね?何のためにこうしてここに生き、何もできない自分を悔やみ、こぼれそうな水をたたえた心には、何が映っているんだろうね。
Taroさんが透析の夜は
2005 / 06 / 01 ( Wed )
momoはいろんなことを想う
Taroさんがイヤでたまらない病院にいる間
ぢろさんが独りで2階の液交換室にいるとき
自分だけ サボってるわけではないけど・・・
時々後ろめたい気持ちになる
口を訊きたくない時は
なんとなくホッとする
切ない時は
いてもたってもいられない
この思いが伝わらなければいいと思う時と
今頃どうしているだろうかと思う時と
momo自身が気まぐれなんだろうか
ぢろさん Taroさん のこと
2005 / 06 / 01 ( Wed )
ももはたぶんうるさいおばさんだと思う。いろんなことに首突っ込んで、自分で首しめてるおろかなおばさんだと思う。
そんな暇があったら、自分のことをやればいいと、自分のために生きればいいと、Taroさんなら言うだろうな。
おまえはうるさいからと、ぢろさんは思ってるんだろうな。
わかってるよ、わかってる。
でもぢろさんのいい加減さも、Taroさんの頑なな態度も、追い込まないようにバランスしながら、momoはももなりに頑張ってるんだよ。辛いわけじゃなくって、時々切なくなる。
momoはぢろさんにもTaroさんにもなれない。でも、あなたたちを想うだれかがいることを忘れないで。
雪という短い詩
2005 / 05 / 07 ( Sat )
三好達治さんの詩に『雪』という2行詩があります。本文は載せませんが、太郎さんの眠る屋根に雪が降りつもり、次郎さんの眠る屋根に雪が降りつもる、という意味の言葉で綴られたものです。解釈はちょっと本物とは違うかもしれませんが。
Taroさんのことでいろいろ心配したり、ぢろさんのことであたふたしている「momo」は、この『雪』という2行詩を時々思い出します。Taroさんが安心して眠れる屋根に雪が積もらないことを願い、ぢろさんが安心して暮らせる屋根をmomoが支えなくっちゃ、と。
そんな解釈が正しいとは思わないのですが、時々この詩を思い出します。他愛ない話でした・・・。