2年前にこの先生の患者さんの講演を聴いている。わが県で唯一の腎移植が出来る大学附属病院の血液浄化部のS先生の患者さんで、CAPDのあとご主人からの生体間移植だった。
そのときは興味津々で、講演後にロビーのソファーでS先生と少しお話をさせていただいた。その時点でぢろさんは、やっとCAPDが順調に1年を過ぎたばかりで、移植にはどちらかといえば興味はなさげだった。
今回はS先生の講演ということもあり、どんなことを聞けるか楽しみにしていた。
正午過ぎに会場に着く。エレベーターを待っていると、S先生ともう一人女性が・・・。ああっ!先生だ!と思わず声を上げそうになった。
先生は気がついただろうか?2年前にお会いしたことに・・・
受付を済ませて講演会場に入る。端のほうにふたりで座ったら、前のほうが空いているから・・・と同じ病院の役員さんから言われ、先生が持ってきた「PC」が覗ける位置にふたりで移動。PCの操作は役員のKさんがするらしい。
Kさんと講演前にちょこっとお話。その時ショッキングな言葉が。わが病院のG先生は忙しいことは周知の事実だが、「G先生がいるうちはこのまま今の病院に通うかな〜」とぢろさんが言ったら、Kさん曰く「最近ちょっとボケっぽいよなぁ・・・G先生」
をいをい・・・エポ2週連続も間違えたんじゃないよね?と不安になる。
講演が始まる。今回は腎機能の説明から始まり、どのように移植を行うかの手順を写真を交えてお話してくださった。US腎の話を聞いて、会場で知っている人はどのくらいいたのだろう。momoはこの本で知っていたけど。
移植医療を築いた二人の男心臓拍出血液量の1/4が腎臓へ流れる とか
移植腎は骨盤の上に移植する とか
移植前に腎臓に施す処置 だとか
これまであまり知らなかった移植の知識が得られる。お医者さんなら知っていて当たり前なんだろうけど。さすがに泌尿器・外科の先生である。お話も簡潔で、自信たっぷり?で講演がお上手、下手をすれば言いくるめられてしまいそうな迫力がある。
よくぢろさんとmomoは内科医と外科医の違いをこんなふうに表現する。
外科医は手先が繊細な芸術家肌。
内科医は検査結果から推測する占い師。
当たらずとも遠からず・・・と思っている。
今回、予後についてもデータを示された。血液型の違いや白血球の型の違いは、2年前に比べたらかなり対処できるようになり、移植直後の拒絶反応を越えると、かなりの確率で生着するらしい。免疫抑制剤の進歩が目覚しいことが要因だそうある。それを見ながらぢろさんは思ったそうだ、『オヤジより長生きしたいと思うけど、このままでは70歳はやはり難しいのではないだろうか・・・』
講演後、今回は先生とお話しすることもせずに、おなかの空いたぢろさんと遅い昼食を食べてから帰宅。
移植についてはこれまでも何度も何度もぢろさんとmomoの間では話し合っている。
momoは可能であればドナーになろうと思っている。でも、ぢろさん自身がいま現在調子が悪いわけでもなければ、移植をすれば万が一透析に戻ってもCAPDは確実に2度と出来なくなる。そういう思いもあって、ぢろさんは特に乗り気ではなかった。ましてや、momoからの移植は最後の切り札=唯一の移植可能な腎臓なのだから。
momo自身はドナーになること自体は問題はない。ぢろさんが元気になって(まあ今も元気ではあるけれど)、美味しいものをたらふく食べられるようになれば・・・と思う。でも歳を重ねるにしたがって、筋腫を持っているくらいだし、適応にならない場合が出てくるのではないだろうか?という不安がある。どちらかといえば、momo自身が若いうちであれば問題が少ないのではないだろうか?と思うこともある。
仕事のこと、家族のこと、その他もろもろのことを考えると、具合が悪くなってからの移植より、多少の犠牲があっても元気のまま移植するほうがリスクが下がるのではないだろうか?という思いもある。
そして、今回の講演を聞いた後でぢろさんが出した結論。もう少し詳しくS先生と話をしてみたいから、移植するかどうかは別としてG先生から「紹介状を貰おう」。
以前S先生とお話したとき、どこの病院で診てもらっているの?と聞かれて、G先生と答えたら、S先生曰く「G先生とはツーカーだから・・・」と笑っていらしたことを思い出す。
とりあえず、話を聞いてみて、momoの腎臓が使えそうかどうかの第1歩の血液型の検査だけでも受けてみよう・・・。それが今日のぢろさんの決意である。
# はたしてこの勢いが次回の診察まで持続できるかどうかが
# momoの心配事である。
# ぢろさんの気まぐれ・・・なんてことにならないように